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高松高等裁判所 昭和47年(う)238号 判決 1972年11月15日

本籍

香川県坂出市川津町四、四九四番地

住居

同県同市駒止町一丁目三番一七号

会社員(元会社役員)

川原清宏

大正一四年七月二日生

右の者に対する法人税法違反被告事件について、高松地方裁判所が昭和四七年六月二六日言渡した判決に対し、被告人より適法な控訴の申立があつたので、当裁判所は、検察官北守出席のうえ審理して、次のとおり判決する。

主文

原判決中被告人に関する部分を破棄する。

被告人を懲役一〇月に処する。

ただし、本裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。

理由

本件控訴の趣意は、記録に綴つてある弁護人佐長彰一、吉田正已共同作成名義の控訴趣意書に記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。(なお、主任弁護人吉田正己は、「被告人は、川原建設株式会社の取締役のほか、四国ハウス販売株式会社の代表取締役もしていたが、同会社については宅地建物取引業法の適用があり、同法にも営業の許可、取消について建設業法と同旨の規定があるので、同会社の関係においても、川原建設株式会社の場合と同様の事情にある。」と陳述し、右控訴の趣意を補充した。)

所論は、量刑不当の主張であり、要するに、被告人を懲役一年(執行猶予二年)に処した原判決の量刑は、被告人が役員として関与した川原建設株式会社、四国ハウス販売株式会社の営業許可および許可取消の基準にかかわり、その他本件の罪情に照らしても苛酷にすぎて不当である。

そこで、記録を調査し、当審における事実取調べの結果をも参酌して検討するに、本件は被告人の父川原清を代表取締役とする原判示川原建設株式会社の法人税逋脱事犯であり、被告人は、同会社の取締役として、実質上その業務全般を統轄する代理人の立場において、その逋脱を企て、昭和四三年、四四年、四五年の三事業年度にわたり、売上の一部を除外したり、架空の完成工事原価を計上したりし、これによつて得た資金を取引銀行に仮名の定期預金をするなどして所得を秘匿したうえ、それぞれ虚偽の確定申告をして法人税を免れたもので、その逋脱額の合計は金五、五五〇万円余の多額にのぼるというのであるから、この種脱税事犯の中でも規模の大きい案件であつて、所論のように、その動機が景気変動に対処するための会社の利益蓄積にあつたとしても、前記地位においてこの不正を積極的に敢行した被告人に対し、懲役一年の体刑を科した原判決の量刑が一概に重きにすぎるものとはいいがたい。しかしながら、他方、また所論が強調するように、右川原建設株式会社は建設業法の適用を受ける建設業者であつて、特に昭和四六年法律第三一号による同法の改正(昭和四七年四月一日施行)によつて、従前の登録制度が許可制度に改められると同時に、その条件として、許可を受けようとする者(個人)が一年以上の懲役もしくは禁錮の刑に処せられ、あるいは、許可を受けようとする法人の役員その他政令で定める使用人のうちに右刑に処せられた者があつて、その刑の執行を終り、または、刑の執行を受けることがなくなつた日から二年間(ただし、特定建設業の場合は三年)を経過しないときは許可されず(同法八条五号、七号、一七条)また、許可された建設業者に右に該当する者があるときはその許可が取消される(同法二九条二号)ことになつたのであり、右改正法によれば、被告人が専務取締役として実質上経営に当つて来た従前の川原建設株式会社の存立はありえないとともに、被告人自身も当分建設業に関与できないことになり、それも建設業を営む者の資質の向上を図つて健全な建設業の発達を促進しようとする右改正立法の趣旨からすればやむをえない一面があるにしても、本件は右建設業法改正前の逋脱事犯でもあり、かつ、被告人はその非を認めて深く反省するとともに、直ちに各事業年度の修正申告をして本税、重加算税、延滞税約七、〇〇〇万円を納付したのはもちろん、これに伴う市県民税約三、〇〇〇万円の納付をも完了していることが明らかであり、その他諸般の情状を彼此総合勘案すると、前示懲役一年の科刑はやや重きに失する嫌があり、論旨は即ち理由がある。

よつて、刑訴法三九七条一項、三八一条により原判決中被告人に関する部分を破棄し、同法四〇〇条但書により、当裁判所において直ちに判決する。

原判決が認定した事実にその挙示する関係法案を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 木原繁季 裁判官 深田源次 裁判官 山口茂一)

右は謄本である

昭和四七年一一月二八日

高松高等裁判所

裁判所書記官 原田政信

控訴趣意書

法人税法違反 川原清宏

右の者に対する頭書被告事件につき、昭和四七年六月二六日、高松地方裁判所が言い渡した判決に対し、被告人から申し立てた控訴の趣意は、左記のとおりであります。

昭和四七年九月二〇日

右弁護人 佐長彰一

右同 吉田正己

高松高等裁判所 殿

原審は、控訴事実と同旨の事実を認定したうえ、「被告人を懲役一年に処する、被告人に対し、この裁判確定の日から二年間右刑の執行を猶予する」旨の判決を言い渡したのであるが、右判決の量刑は、本件の犯情等に照らし、重きに失して不当であるから、当然破棄されるべきものと思料する。

以下、その理由を述べる。

第一、被告人が本件法人税法違反を犯したことは批難されるべきであるが、本件につき、被告人を執行猶予とはいえ、懲役一年に処するときは、建設業法の改正に伴い、被告人をして原審相被告人川原建設株式会社の役員たる地位に留ることが許されず、右会社の存立自体が危殆に陥る結果を惹起するおそれが大であり、酷に失する。

すなわち、建設業法は、昭和四六年四月一日付でその一部が改正され、建設業者の登録制度が廃止され、これが業種別の許可制度に改められた結果、建設業を営もうとする者は、それまで軽易な登録さえ受ければよかつたものが、許可を受けなければならないことになつたのである。

而して、改正建設業法第八条および同法第一七条によれば、許可権者である建設大臣または都道府県知事は、一般建設業または特定建設業の許可を受けようとする法人の役員に、一年以上の懲役若しくは禁錮の刑に処せられ、その刑の執行を終り、または刑の執行を受けることがなくなつた日から二年を経過しない者がある場合は、右許可をしてはならないことになつており、さらに、同法第二九条は、建設大臣または都道府県知事は右許可を受けた建設業者たる法人の役員に右要件を有するものが生ずるに至つた場合はその許可を取消さなければならない旨を規定している。(参照別添改正建設業法写)

被告人は、右川原建設株式会社の専務取締役をつとめていたものであり、被告人が執行猶予付とはいえ懲役一年に処せられると、被告人が右会社の役員をつとめている限り、改正建設業法の右規定により、建設業を営む右会社は、一般建設業の許可を取消され、再びその許可を受けることができず、業務を遂行することが不可能になるのである。

右会社には、被告人以外に代表取締役および取締役がいるものの、被告人以外の役員は殆んどその業務に関与せず、専ら被告人一人が右会社の経営にあたつていた状態であり、被告人が右会社の役員を辞すことは右会社自体の存立をあやうくする危険が大である。

しかし、被告人は、原審で執行猶予付とはいえ懲役一年の判決を受けたので、やむなく、一応昭和四七年七月一一日付で右会社の取締役を辞任したが、そのため、右会社はその業務遂行上大きな支障を受け、その存立の危機にひんしている状態であり、被告人の責任はとにかく、原審の量刑は重きに失し、酷にすぎるといわなければならない。

なお、右事情については、控訴審において被告人尋問等により立証する予定である。

第二、川原建設株式会社は、本件に関し、香川県から昭和四七年六月二七日付で、請負工事入札参加指名の停止処分を受けており、被告人は右会社ともども多大の打撃を受け、刑罰以上の制裁を受けている。

第三、被告人が本件犯行をなすに至つたのは、建設業が景気の変動に非常に影響されるもので、安定性を欠いており、右会社においても、これまで幾度も景気の変動に影響されてその存立の危険にさらされたことがあり、右会社をして景気の変動に左右されない安定した企業になすべく会社の資産をたくわえるためなしたものであり、個人の利益を図つたものではなく、動機において、酌量さるべきものがある。

第四、また、被告人は本件犯行によつて得た利益を右会社のために留保しており、これを個人の用途には使用していないのである。

第五、被告人は、本件につき、早期に法人税の修正申告をなし、すでに、法人税だけで、本税・重加算税・延滞税を合わせ合計約七千万円、これに伴う市町村民税合計約三千万円、総計約一憶円にのぼる税を納付しており、税務行政上の処理は完全に終らせている。

以上の情状に照らすと、原審が、被告人を、執行猶予付とはいえ懲役一年に処する旨の判決を言い渡したのは、その量刑著しく重きに失し、不当であるといわなければならず、これを破棄しさらに減刑した判決を仰ぎたく、本件控訴に及んだ次第であります。

以上

<省略>

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